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川端康成は、お金が欲しくて“雪国”を書いたのか

子どもの頃、大好きな先生がいました。
先生が教えると、どんな子でも
算数がわかるようになりました。

その評判は、インターネットなんて使っていなかった時代、
まさにクチコミで、どんどん広がりました。

次々と生徒が入塾し、あちこちに支部ができ、
先生の塾は大きくなりました。
先生は、「先生」ではなく、「経営者」になりました。

でも、先生は、そんな状態に疑問を抱きはじめます。

「俺がやりたいことは、これなのか?」


先生は、子どもたちが好きでした。
子どもたちが、算数の問題を解けたときの
笑顔が好きでした。
先生は、人間が好きでした。
子どもたちだけでなく、親や教師とも、
徹底的に付き合いました。

「こんなに生徒が増えたら、
自分が直接、教えられない、関われない」

悩んだ末、先生は、奥さんに相談します。
「増やした教室をたたんで、もとの小さな塾に戻そうと思うんだけど…」

それを聞いた、先生の奥さんは、笑顔で言ったそうです。
「あなたがやりたいように、やってください。
私はあなたについていく。
あなたが何を生業にしようと、私はあなたについていく。
明日からラーメンの屋台をひくと言われたら、
私も一緒に屋台をひくわよ」

―――――――――――――

こんな話やあんな話を、先生は、
中学生だった私に話してくれました。
私には、先生と生徒としてではなく、
対等な人間として接していたのです。

でも、当時の私は、「先生、すごいなあ」くらいにしか、
理解できていませんでした。
あれから30年、自分が当時の先生の年齢になって、
ようやく理解できたこともあります。

 

「いかに儲けるか」を仕事の目的にしなくていいんだ。
私が知りたいのは、「どうしたら、わかるか」なんだから、
それを愚直に追及し続ければいいんだ。
先生のように。

 

「オダジュン、お前は、人の支えになることができる人間だ」

先生は、そんなことも言っていました。
先生がいなくなって20年以上になるけど、
私はまだ、そんな人間になれていないな…

こんなことを思い出させてくれた、
中山先生の投稿をシェアします。



 

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