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再び助詞の「は」と「が」について

私は以前、塾の講師として高校生に
大学受験の古文を教えていました。

その当時は、「ハは提題の係助詞です。」と
何の疑いもなく説明していました。
ところが大学のテキストを読むと、
ハは「副助詞」と分類され、
「係助詞とも言う」と書いてある。

・・・私は嘘を教えてしまったのだろうか?

 

そこでその謎を解明すべく、
いくつかの文献にあたってみました。

 

すると、ナント山田孝雄先生もこのハで恥をかき、
そこから研究が始まったと言うではありませんか。

そして、どの文献もハについて、特にハとガの違い
について多くのページを使っている。
それが日本語の文の構造を解釈するための、
キーポイントのひとつにもなるようです。

ハについて、ガと対比させながら
以下にその性質をまとめてみました。

※実はこれ、15年くらい前に書いたレポートなんです。
ちょっと違っているところがあっても許してね
bleah

 

【1】ハは話の題目を提示し、ガは主語を提示する

「私ハ学生である。」のように、
たまたま題目が主語となる事もありますが、

子供ハこれを酷使してはならない

・・・のような文では、この相違が重要になります。

「子供が何かを酷使する」ことを
禁じているように受け取れますが、
実は「子供を酷使すること」を禁じた
法律の文章なのです。

これをハの《ヲという格助詞兼務》
の機能とする見方もありました。

【2】未知扱いと既知扱い

《ガは未知のものを承けるだけでなく、承けるものを主体的に未知扱いにし、ハは既知のものを承けるだけでなく、承けるものを主体的に既知扱いにする》。

例えば小説の冒頭で、唐突に登場人物の名前を
ハが承けたりすることは多々あります。

未知のものを既知扱いすることで、
《読者をいきなり作品の世界にひきずり込む》
という作者の意図的なテクニックです。

僕達の子供ハきっと可愛いと思うよ。

のような場合は、まだ生まれてもいない「子供」は
未知のものですが、ハで受け既知扱いすることで、
「僕」が「僕達」の間柄どのようにとらえているのかを予測させます。

【3】分割と結合

《取り立てという意味的側面が表現を二分し、陳述に係るという文法的側面が分割されたものを結合する》。

《ハが問いを形成し、その下に説明を要求する》。
例えば、ハが形成する問いを具体的に補うと、
「私ハ(何ヲ食ベルカトイウト)カレーだ。」となります。

このように主としてハで提示される「題目部」と
その後に続く「解説部」からなるものを「題説構文」と呼び、
原則としてガで主語が提示される「叙述構文」と区別して、
日本語の文を大きく二つに分類している文献もありました。

【4】ハのピリオド越え

《一体にハは大きく文に係り、ガは小さく次の動詞・形容詞に係る》。
これを「ハのピリオド越え」とか「貫通力」と表現し、
以下の例文をあげているものもありました。

踊り子はやはり唇をきつと閉ぢたまま一方を見つめてゐた。私が縄梯子につかまらうとして振り返った時、さよならを言はうとしたが、それも止して、もう一ぺんただうなづいて見せた。(川端康成『伊豆の踊り子』)

「さよならを言はうとした」のは、「私」か「踊り子」か。

《「私が」の力は「振り返つた」で受け止められてしまい、それ以後には及ばない。》
逆に「踊り子は」は、ピリオドを越え、
次の文の主語をも表しているのです。

【5】陳述の存在の予告

《ハが明示された段階で陳述の存在が予告されるが、ガが主語を提示した段階で述語の存在は予告されても、陳述の存在は予告されてはいない》。

「私ガ学生である。」といった場合、「~である事」という名詞を修飾する句の要素にも成り得ます。

でも、「私ハ学生である。」というとそこで文が切れるので、ハを係助詞と呼ぶわけですね。

 

以上【1】~【5】は、《読解に必要な意義用法に重点を置いて》まとめてみたので、たとえば高校生に説明するにしても役立つでしょう。

でも、例外もあります。

子供ハ乗れない乗物はよそうよ。

このハは、他のものと対比して強調しているという意味的側面からも、前述の文法的側面からも、《係助詞ではなく副助詞と言ったほうがふさわしい》ようです。

つまり、ハは文を終結させる力を持ち、提題の意を表すが、ただ述語の存在を予告するだけにとどまり、対比の意を表すこともある。

また格助詞の機能を代行し、格をも表すという説もある。

そのため、取り立てて副助詞・係助詞の区別を明確にすることには疑問と不安を感じます。

また、個人的には、助詞はただ客観的事実を描写し ているのではなく、《話し手がそれを主体的にどう扱っているかを表明する言葉である》という観点を大切にしたいと思ったのです。

つまり助詞は、話し手のもつ微妙なニュアンスを伝えるためのものなのです。
しばしば他国語と比較されますが、《日本語のこのハとガの区別は誇ってよい》というとらえ方にとても魅力を感じました。

〈参考文献〉

  • 『日本文法大事典』(明治書院/松村明編)
  • 『日本語はどういう言語か』(講談社学術文庫/三浦つとむ著)
  • 『日本語の文法を考える』(岩波新書/大野晋著)
  • 『日本語 新版 (下)』(岩波新書/金田一春彦著)
  • 『日本語はどんな言語か』(ちくま新書/小池清治著)

 

 

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