「JIS X 8341-3」は怖くない ―「アクセシビリティ」は「ダイアログ」
■相手の立場に立った情報提供 ―ダイアログ・イン・ザ・ダーク
先日、ある自治体職員から、とてもうれしいメールをいただきました。メールには「“ダイアログ・イン・ザ・ダーク”に参加してきました。著書(※1)を読んで、ずっと参加してみたいと思っていたのです」と書かれていました。
“ダイアログ・イン・ザ・ダーク”とは、エンターテインメント形式のワークショップで、<完全に光を遮断した空間の中へ、何人かとグループを組んで入り、暗闇のエキスパートであるアテンド(視覚障害者)のサポートのもと、中を探検し、様々なシーンを体験>するものです(※2)。中は本当に真っ暗で、「目が慣れる」ことはありません。全盲のアテンドと白杖(はくじょう) 、「初対面の仲間」の声だけが頼りです。仲間の声とは、「田中(自分の名前)は、今、橋を渡りました!左右に竹があって、その間を通る感じです」、「鈴木(自分の名前)も渡りました!丸太が3本の橋ですから、真ん中を通れば落ちませんよ!」といったものです。
例えば、「ここに赤い橋があります」と言われたら、「ここ」がどこかわからず、色も見えません。見えないことを前提に、相手の立場に立って情報を提供しなければ、仲間は川に落ちてしまうかもしれません。木に激突してしまうかもしれません。これは、Webアクセシビリティ(※3)も同じではないでしょうか。
■JIS X 8341-3への対応 ―総務省の改善勧告
昨年6月、総務省は、すべての府省に対し<障害者基本法及び電子政府推進計画に基づき、ホームページの企画、設計、開発、制作、検証、保守及び運用までの各段階において、日本工業規格「JIS X 8341-3」(※4)の必須項目から優先的にバリアフリー化を進めるなど、ホームページのバリアフリー化にしっかり対応する必要がある>と勧告しました。同省が、すべての府省(本省と外局34機関)のWebサイトを調査した結果の概要は、次の通りです。
(1)企画・制作におけるバリアフリー化への配慮状況
- ウェブサイトのバリアフリー化に関する方針等が定められていないもの(4機関)
- ウェブサイトを発注する際の仕様書等で、ウェブサイト制作業者に日本工業規格への対応を求めていないもの(12 機関)
- ウェブコンテンツの追加・更新時にチェックツールなどで日本工業規格に対応しているか否かを確認していないもの(18 機関)
- ウェブサイトの制作時又はリニューアル時にウェブコンテンツが日本工業規格に対応しているか否かを検証していないもの及び検証していても不十分なもの(21 機関)
(2)ウェブサイトの日本工業規格への対応状況
- 見出しが設定されていないため、音声読み上げソフトで効率的に読み上げられないもの(30機関)
- 画像の代替テキストが未設定又は不適切であるため、音声読み上げソフトで画像の内容が理解しにくいもの(27機関)
- 色のみに依存した情報提供を行っているため、色覚障がい者等が理解しにくいもの(10機関)
- 単語の文字間にスペースが挿入されているため、音声読み上げソフトで正しく読み上げられないもの(22機関)
■完ぺきを目指さない ―JIS X 8341-3改正のポイント
総務省の勧告は府省に対するものですが、自治体も無関係ではありません。むしろ、市民に最も身近な自治体こそ、配慮しなくてはならないことです。勧告後まもなく、JIS規格が改正されましたが、新規格への対応はお済みでしょうか。
そうはいっても、2010年版の改正JISは、2004年版より難しい印象で、「何が書いてあるのかさっぱりわからない」という方が多いようです。おおざっぱに解説すると、改正のポイント(※5)は以下の3点です。
(1)ワールドスタンダード(世界標準)
改正JISは、WCAG 2.0(※6)を含む形で策定された。
WCAG ワーキンググループが開発した資料やWCAG 2.0用のツールが利用できる、つまり「一緒にやれば、無駄がない」という発想。(2)テスタビリティ(検証性)
抽象的だった部分が具体的・客観的になった。
例えば、「背景色と前景色には十分なコントラスト(※7)をつけましょう」という場合、「十分な」とはどのくらいなのかを数値化して、評価・テストできるようになっている。(3)ジェネラリティ(汎用(はんよう)化)
インターネット関連の技術は猛スピードで進化している。
例えば、JIS X 8341-3:2004の時点では、Ajax(※8)などの技術は普及していなかった。 この技術の進歩には到底ついていけない、ということで、どのような新しい技術が出ても、対応できるような汎用性を持たせた。
つまり、「世界標準」に合わせたために、英文の規格を誤解のないよう翻訳しなければならず、まるで法令文のように厳密なものとなっているわけです。また、客観的に評価できるよう、技術的な解説がより多く盛り込まれました。さらに汎用化により、逆に具体性を欠く結果になっていることは否めません。
しかし、恐れることはありません。そもそも「工業規格」です。工業関連の技術者でない限り、すべてを理解し、実現する必要はありません。専門家の間でも、「完ぺきに対応することは、まず、不可能だ」と言われています。自治体職員がなすべきことは、Webサイトのマネジメントです。方針とアウトプットを示し、それを実現するのは技術者に任せれば良いのです。「JIS X 8341-3の達成等級A(またはAA)」に対応するよう、仕様書に盛り込み、技術者(委託事業者)に指示を出してください。
「8341」は「やさしい」と読めます。Webサイトの利用者の立場に立った情報提供をするためには、利用者との「ダイアログ」(対話)のほうが重要です。
※1
『自治体のためのウェブサイト改善術─広報担当に求められるテクニックとマインド』(小田順子著/時事通信社オンデマンドブックレット)
※2
「Dialog in the Dark Japan」より
http://www.dialoginthedark.com/
※3 Webアクセシビリティとは
「高齢者や障害者など心身の機能に制約のある人でも、年齢的・身体的条件に関わらず、ウェブで提供されている情報にアクセスし利用できること」を意味する。(情報通信研究機構 バリアフリーサイト「みんなのウェブ」より)
http://barrierfree.nict.go.jp/accessibility/whatsacs/index.html
※4 日本工業規格(JIS X 8341-3)とは
「JIS X 8341-3 :2004 高齢者・障害者等配慮設計指針-情報通信における機器,ソフトウェア及びサービス- 第3 部:ウェブコンテンツ」(2004年6月20日制定、2010年8月20日改正/日本工業標準調査会 審議、日本規格協会発行)を指す。
※5 JIS改正に関する参考資料
ウェブアクセシビリティ基盤委員会(情報通信アクセス協議会)のWebサイトに、改正JISの解説やテストファイル、試験実施ガイドラインなどがある。
http://www.ciaj.or.jp/access/web/docs/jis2010/
※6 WCAG(ウィキグ)とは
Web Content Accessibility Guidelinesの略称で、ウェブコンテンツのアクセシビリティに関するガイドラインのこと。WCAGは、W3C(World Wide Web Consortium)でアクセシビリティ関連の活動を行うWAI(Web Accessibility Initiative)によって策定される。
※7 コントラストとは
コントラストとは、「明度」の差を意味する。
「明度」とは、色の持つ明るさの度合いのこと。表面が反射する光の量が多いほど明度が高く、少ないほど明度が低くなる。
白や黄色は光の反射する率が高いため明度が高く、逆に黒や青は光の反射する率が少ないため明度が低い。
(武蔵野美術大学造形学部通信教育課程のサイトより)
※8 Ajax(エイジャックス)とは
Asynchronous JavaScript + XMLの略で、「Asynchronous」は非同期という意味。非同期通信を利用してデータを取得したり、動的にウェブページの内容を書き換えたりする技術のこと。
従来のウェブアプリケーションでは、ユーザーが操作を行なったとき、サーバーから新しいページを取得して、ページ全体を書き換える必要があった。しかし、Ajaxではサーバーと非同期通信し、必要なところだけ書き換えることができるので、ページを切り替える必要がない。身近な例としては、Googleマップがある。(愛媛電子ビジネス専門学校高度情報技術科サイトより)
※この記事は、地方自治情報センター発行『月刊LASDEC』平成24年2月号に執筆した記事をHTML化し掲載しています。掲載に当たっては、地方自治情報センターの承諾のもと掲載しています。
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コメント
>桑山さん
早速お読みいただき、ありがとうございます!
あ~直し忘れましたー
LASDECのほうは、校正段階で直したので大丈夫なはず
投稿: CSMSライター:小田 | 2012/02/04 05:34
※4とすべきところが※1になってしまっているようですが・・・。
投稿: 桑山雅行 | 2012/02/04 05:22