はじめに
知人で翻訳家のS氏は、10年以上に渡って、建設省( 現国土交通省)の英文版建設白書の作成を手がけていた。
氏のIJET-13(国際翻訳者会議)でのプレゼンテーションでは、「わかりにくいお役所文書」の例として、次の建設白書の一部が引用されている。
現在、人口増加社会から人口減少社会への転換、最適工業社会から多様な知恵の時代への転換、経済社会の国際化・情報化の本格的な展開など大きな転換期を迎えている中で、建設行政においては、(1)最重要課題の一つである環境問題への対応として、「環境の内部目的化」による美しく健全な国土・地域づくりと環境への負荷の少ない循環型社会の形成に向けた取組み、(2)「国土建設」から住宅・社会資本ストックの有効活用や自然環境の保全等を含めた総合的な「国土マネジメント( 整備・利用・保全)」への転換による美しく安全な国土、安心でゆとりある快適なくらし、魅力と活力ある都市・地域づくり等が求められる。
( 建設白書2000年版 第1部総説第1節「明治期以来の国土づくり・まちづくりと住宅・社会資本整備の回顧」より)
区役所に15 年勤めている私でも、これはわかりにくい。わかりにくいと言うよりわからない。辞書などを使って調べても理解できない。
しかし氏いわく、これは特別にわかりにくい部分を探し出したのではなく、ごく一般的な文章で、全体がこのような調子だったそうだ。
理解を妨げる要因として、まず、一文が長い。読点はいくつかあるものの、句点はひとつしかない。283 文字がひと続きの文で、その骨子は「建設行政においては、~ が求められる」だが、それに対する修飾部分と、それをさらに修飾する部分があり、それぞれが非常に長い。
次に、用語の意味がわからない。「最適工業社会」、「多様な知恵の時代」、「環境の内部目的化」は、専門用語というより、執筆者側の創作によるものと思われる。
そこで、S氏の翻訳した英文をさらに日本語訳した文を見てみた。
英訳を日本語訳したもの:
日本は今、大きな転換期を迎えている。すなわち人口増加社会から人口減少社会へ、そして規格大量生産に最適化した工業社会から個人の能力を最大限使う時代へと転換している。そして国際化や情報技術革新のペースも加速している。
今日、建設行政は2つの大きな目標に直面している。第1は循環型社会の形成である。建設省は環境保護が建設行政にとって避けがたい責任であるとみなしており、環境への負荷を減らし、汚染と劣化のない国土を維持するための計画を国と地方で推進している。
第2の目標は、建設行政を建築からマネジメントへと転換し、住宅・社会資本ストックの有効活用、維持保全、自然環境の保全をもっと重視することである。
これを見ると、意味不明の単語も理解できる。
「最適工業社会」→
規格大量生産に最適化した工業社会
(an industrial society optimized for standardized mass production)
「多様な知恵の時代」→
個人の能力を最大限使う時代
(asociety making the most of each individual's abilities)
「環境の内部目的化」→
これまで建設省は環境のことなど気にせずに高速道路やダムを作ったり、川をコンクリートで護岸したりしてきたが、世間の風あたりも強くなってきたので『環境政策大綱』を作成し、“ 建設省も環境について考えていますよ”とP R する、というような意味だそうで、「汚染と劣化のない国土を維持するための計画を国と地方で推進している」と表現されている(これは、1994 年頃から頻繁に白書に登場する用語だそうだ)
( The ministry is promoting planning at national and regional levels to maintain land in a non-polluted,non-degradedstate.)
「経済社会」→
削除
「本格的な展開」→
ペースの加速であろうと推測
「美しく安全な国土、安心でゆとりある快適なくらし、魅力と活力ある都市・地域づくり等が求められる。」→
他でも言及されているので、ここでは削除。そもそもこういう抽象的・情緒的なことは、論理的な英文には登場しない
これらはみな、context ( 文脈) がないと訳しようのないフレーズであり、行間を読みながら翻訳作業をしたとS氏は言う。
さて、このような典型的「わかりにくいお役所文書」を発信している省庁は、わかりやすくしようという意志はなかったのだろうか。
以下に、行政が文書を作成する際の基準をまとめた。
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